おはようございます
昨晩の米国株式市場は下落となりました。
NYダウ -557.24 46590.24
NASDAQ -192.52 22708.07
S&P500 -61.69 6672.42
VIX指数 +2.59 22.42
原油 -0.22 59.73
為替 155.23
岡田斗司夫さんが、動画で面白い事を言ってました。世界的なお金持ち、というかビリオネアですね、少なくとも10億ドル以上の財産を持っている人達のことですけど、この方達の人種が昔と変わっているという話です。太古より、人類は平等に資産を持っている時代などなく、むしろ資産格差が当たり前の世の中で成り立ってきましたね。王侯貴族はもちろんの事、会社経営者や政治家など、その時代で成功した人は人並みはずれた財産を持ち得ました。そして、人の羨む様な暮らしをして、身分の差も作り出しました。つい最近までは、これらお金持ちは物欲は当然ですが、前提として人民や従業員を従える事で、その権威権力を誇示してきました。つまり、支配される人達がいるからこその権力であり資産なんですね。ところが、最近のビリオネア達は少し様子が違うと言うんです。岡田氏は、ダグラス・ラシュコフ氏の著書を挙げて解説されていたんですが、ダグラス・ラシュコフ氏は米国人で万能の才能を持つ事で有名な方だそうです。その人が書いた本の内容がこの話題の中心なんですが、彼の体験談から、最近の金持ちは以前のそれと質が違っていると言うんです。何が違うのか、ラシュコフ氏が中東のとある国に招待され、講義をして欲しいと依頼された時の話です。有名な彼は公演依頼など断る事が多いのですが、ギャラが破格で、飛行機チケットもビジネスクラスで既に予約してあると言われ、普段なら断るケースなんですが、高待遇だったので行ってみる事にしたと。そこで、数人のビリオネアに、講演というか、色々と質問された事に答える感じの会合をしたそうなんです。質問の内容も多岐に亘ったらしいですが、結局のところ、「生き延びるにはどうするべきか」を知りたかったようです。例えば核シェルターを作るにはとか、細菌兵器に対処するにはとか、非常事態が起こった際に自分の警護隊の連中が刃向かわないようにするにはとか、兎に角自分たちが生き延びるにはどうしたら良いかに固執した内容だったようです。昔の金持ちと彼らの違いは、自分達の周りに人間が要るか要らないかなんだそうです。昔ならどうやって人民とか、市民とか部下や社員などに言う事を効かせるかを考えたのですが、彼らはお金持ちではあるのですが、人に関心が無いんです。IT系の事業で成功した方達なんですが、彼らはむしろ人が不要であり、むしろいなくなって欲しいとすら考えているというんです。そして、こうした考えを持つ人物達が金を持ち権力を持つとどうなるのか、考えなくても分かりそうですが、平民にとっては、かなり危険な世界が待ってる事になりますね。今はそんな金持ちが結構いるみたいで、だから様々なIT機器を駆使して監視したり、世論誘導などをして、時には平然と人を殺す事も厭わないのではないかと言っています。昔は自分が上にいるのは、下の人間がいるから上でいれるのであって、必然的に人民が必要なんですね。でも、今のIT長者達は、人を必要としない点で恐ろしいという話なんです。まぁ、そう言われるとそうなのかもしれないかなぁと思いもしますが、例えばマグニフィセント7の経営者は、人間をそんな風にみているのでしょうかね。科学が進歩して、人の代わりにロボットが工場に限らず、家庭内にもいるようになり、家事全般を全てやってくれる世の中が、もう後何年もかからずにやってくると言われます。株式の世界でも、そうした業界の株が既に買い上げられてきています。でも、もし家事が不要になり、工場の仕事もなくなり、となってきたら人間は何をすれば良いのでしょうか。やりたい事をすれば良いと言われる方もいますが、やりたい事とは何でしょう。旅行や趣味の世界で生きていくには、どれだけの財産が必要なのでしょうか。やりたい事がやりたい放題やれる、その原資はどこから調達できるのでしょうか。それこそお金持ちなら大抵の欲求に応えられる資産があって、実現できるでしょうけども、それだって、お金持ちにはお金持ちのやりたい事があると思います。となれば、桁の違う欲求を満たすには、自分の持つ財産以上の資産がないとやはり実現はできません。果てしない欲求を満たすだけの人間は果たしてこの世に必要なのでしょうか。そんな事も頭にチラついてきます。毎日通勤電車に乗り、上司にどやされ、お客から文句を言われ、少ないサラリーで日々慎ましく暮らす生活から抜け出したいと思う人は多いと思います。しかし、じゃあ何をして暮らしますか、毎日何をしますか、と考えると考え込んでしまいます。そうなると、身近なところでは、定年などで職から離れたリタイア組は、その後の人生をどう暮らすのか気になってきます。「生きる」という事は、何も考えなければそのまま過ぎ去るだけなのかもしれませんが、こんな風に、何でもない動画一つでも、知ってしまうと考えさせられます。確かに、数日間休日だったりすると、なんの予定もない場合、結局なにもしないで、家で飲んだくれてお終いという事もこれまでに何度かありました。明日から会社だと思うと、何でもっと有意義に過ごさなかったんだろうとか、結局こうなったって後悔の念が湧いてきたりします。でも、今思うと、それも実は自分がしたかった事をしただけなんだなと思います。要は、休日を有効利用して、何か実のある休日にしたいなんて、本当は思っていないという事なんだと思うんです。少なくとも、今は自分の事をそう思いますね。だって、それ程無駄に過ごした事が気に入らないなら、さすがに次の休みは大切に過ごすでしょう。それなのに、ほとんど一度たりともそんな風に過ごしてこなかったわけですからね。多分、飲んだくれて過ごしたかったのが本音で、多分楽しく過ごしていたんだと思います。そうじゃないと思いたいから、後悔した事にしているだけなんだと思いますね。何だか、自分の恥を暴露しているようで情けないですが、生きるという事は実はそんなもんなのかもしれないなと最近思い始めています。やはり、どなたかも仰ってましたけど、いかに自分が楽しいか、上機嫌でいれるのかが大事で、イライラしたり不機嫌でいる事は、生きる上ではつまらない時間を過ごしている事になるんでしょう。ま、頭では分かっていても、実際には様々な事にイライラする日々ですけどね。後悔のない人なんてまずいないと思いますが、残された時間をなるべく楽しく生きていこうとするにはどうするか、やっぱり考え出すと難しいです。お金の問題、健康問題、人間関係等々、こうありたいと思っているレベルとは程遠い現状がありますからね。ま、それも含めて楽しいのかもしれませんね、それでは。